オニテンの読書会

文化・民俗や、オススメ本の紹介、思ったことも書きます。

無職のとき、楽しかった10のこと。 

 わたしは、26歳から27歳の1年間、完全に無職でした。日雇いのアルバイトさえしませんでした。無尽蔵に時間を使うことができる、そんな感覚を生まれて初めて体験しました。今回の記事では、無職ライフを楽しんだ経験を書きたいと思います。

 

【目次】

 大学卒業後に、3年間勤めた仕事場を辞め、25歳で完全な無職になったわたしですが、その生活はとても充実していました。今考えてみれば、不安を感じていないのが不思議です。その時は、まったくと言っていいほど不安はなく、楽しく過ごしていました。

 

①海外に二ヶ月間滞在、シンガポールで中学生に囲まれる。

 3年間勤めた仕事場を辞めた3月末、その翌日の4月1日には、わたしはシンガポールにいました。生まれて初めての海外でした。仕事場の先輩が、バックパッカーをしていた方で、その旅の途中で知り合ったシンガポール在住のオバさんをわたしに紹介してくれたのです。

 シンガポールでの滞在中、そのオバさんが経営しているドミトリーに部屋を借りました。そのドミトリーは、主に中学生が滞在しているところで、わたしはタイ人と中国人の少年と同部屋でした。彼らは、おじさんのわたしを友人のように扱ってくれました。滞在中は英語学校に通いました。二ヶ月後にToeicを受け、750オーバーをとることができました。大学卒業後、まったく英語を勉強していなかったので嬉しかったです。

 

②無職で乗ろう! ハーレー・ダヴィットソン!

 わたしは、24歳でバイクの免許をとりました。生まれて初めて買ったバイクは、ハーレー・ダヴィットソンのXL1200Rです。近くのレッドバロンで、一目惚れ、出会ったその日に購入しました。

 無職になり、バイクにまたがり、高速を走行していると、仕事をしている時とは、比べられないほどの、「自由」を感じました。「これが、風になるということか」と、思いました。無職で乗るバイクと、仕事をして乗るバイクがまったく違うということを知ることができました。

 そのバイクは、お金に困り、売ってしまったのですが、売却しにレッドバロンに行ったところ、購入したときに接客してくれた新米の販売員さんが、店長になっており、時間の経過を感じるとともに、自分も頑張らねばと思ったのです。

 

③ドランゴクエスト、毎日8時間、朝6時起床でやってみる。

 好きなことを仕事にするとは、どういうことか、色々と考えている時に、チャレンジしたのが、このドラゴンクエストを仕事と見立てたときに、どうなるのかという実験でした。

 わたしは、ドラゴンクエストが大好きです。すべてのゲームで、ドラクエが一番好きです。そんなわたしが、1日8時間、決まった時間に起き、決まった時間にゲームを始め、やめるとどうなるのか を調べるため、ドラクエ3をやりました。

 結果は、2週間くらいすると辛くなるということがわかりました。何事も、タスク化されると、モチベーションが下がることを学びました。これは、その後の人生において仕事と休日のバランスを考える際に大きな経験となりました。

 

④野良猫の出産に立ち会う

 ときどき、わたしの家に、顔を見せていた野良猫の「みたらしだんご」のお腹が大きくなってきました。

 9月の嵐の夜、突然、外から、猫の絶叫が聞こえました。それは、わたしが今まで聞いたことがないほどの、大きな鳴き声でした。戸を開けると、みたらしだんごが、鳴きながらわたしを睨んでいます。そして、ぴょんと、家に入りました。

 それからは、家中の隙間をくまなく、下見し、出産に適した場所を見つけようと、必死なみたらしだんごを、わたしはただ見守っていました。

 そして、朝になると、押入れから、小さな鳴き声が聞こえました。かわいい5匹の赤ちゃん猫と、ぐったりしたみたらしだんごが寝ていました。

 それから、この猫たちと楽しく過ごしています。猫の愛情の深さを知る良い経験ができました。

 

⑤50歳の母に、剣道を習わせる

 わたしは、中学校から大学まで全て、部活動は剣道をしていました。わたしは、剣道には天才は、ほとんどいないと思っていたのですが、近くにいました。母でした。

 ある日、暇を持て余したわたしは、母に竹刀を持たせ、振ってみるようにいうと、母は、切れ味鋭く、ピュンピュンと振り始めました。灯台下暗しです。

 その日に、道場に連絡し、50歳の母は、剣道を始めることになりました。

 現在、母は、55歳で三段を取得しています。わたしの妻も剣道をしていたので、嫁姑の共通の話題ができて良かったな、と思う今日この頃です。

 

⑥無職で、実業団の大会に出場、個人ベスト8に

 母に、剣道をすすめるのと、ほぼ同時に、わたしも剣道を再開しました。三年ぶりに剣道をしたのですが、錆びついた自分の動きに愕然としたのを覚えています。悔しくなり、近くの道場や、母校に通い、剣を磨きました。

 そうすると、ふつふつと試合に出たくなります。できれば、地区の親善大会などではなく、プライドとプライドがぶつかりあう、真剣勝負の大会に出たいのです。

 そう思ったわたしは、連盟の先生に連絡し、大きな大会に出れないかと問い合わせたところ、「無職でも、実業団の大会に出ていいよ」との承諾を得ることができました。

 わたし住んでいる県は、実業団のレベルが高く、とても有名な選手が多くいます。わたしは、せっかくだから高いレベルの勝負がしたいと思い、出場を決心しました。

 その大会では、一回戦で相手を10秒ほどで下すことができたり、何回か勝つこともでき、とても良い経験ができました。実業団の選手に勝ったというのが、自信になりました。

 現役時代に勝てないレベルの人に勝ったのではないかと思わせるくらい動けました。無職というスティグマが、わたしを強くしてくれたのかも知れません。

 

⑦無職で、婚約、相手方の両親に挨拶

 そろそろ、お金が底を尽きかけていた、無職生活10ヶ月目、明くる年の1月15日ごろでした。付き合っていた彼女から、「結婚しよう」と突然言われました。電話でした。わたしは、「はい」とだけ答え、両親にその日に報告しました。

 彼女の親御さんがいる新潟に行ったのは、その週末でした。

 初めてお会いする彼女の親、しかもわたしは無職です。怒られると思いました。

 彼女の親御さんに、「娘さんを僕にください。無職ですが」というと、

 彼女のお母さんから、「いいですよ。ただ、娘が別れたいといったら、すぐに別れてください」といわれました。

 それからは、とてもフランクに会話を楽しむことができました。

 

⑧無職で、結婚

 1月のプロポーズから、すぐに結婚への準備に移りました。結婚の準備と言っても、親戚に連絡する、友人に連絡するだけです。結婚式も行う予定もなく、ただ「紙切れ」一枚を役所に提出するだけでした。わたしの貯金は、すでにありませんでした。

 2月末に、結婚届を提出、晴れて夫婦となりました。実家では、わたしの両親が、親戚をよんで、ささやかなパーティーを催してくれました。手前味噌かもしれませんが、ささやかながら、とても素敵なパーティーでした。

 結婚式は、もともとこういう、こじんまりとした親戚の集まりだったのかなぁと感慨に耽りました。

 最近、無職で恋愛、結婚というブログが話題になっていましたが、「無職でも結婚できます。」と、断言できます。そもそも、職業はその人の一端を表しているだけだと、妻が申しております。

 妻の豪傑さを知ることができた、無職の結婚でした。

 

⑨無職で、同窓会に出席

 無職で同窓会に出席するのは、緊張しますし、嫌な気持ちになるのではないかと消極的になってしまうものですが、とりあえず大学の友人たちの集まりに参加しました。 

 女性陣からは、なかなか、理解されなかったのですが、男友達からは、羨ましがられました(イジラレもしましたが)。女性陣からは、無職で結婚するって信じられない、という言葉をいただきました。

 そんな友人たちとの同窓会に出席したことによって、とても良いことが起きました。その数ヶ月後、わたしの現状を知った友人が、就職に関する有用な情報を教えてくれたのです。

 本当に彼には、感謝です。

 

⑩株式投資で、貯金を2倍

 最後に少し、お金のことを書きたいと思います。この無職の期間、わたしの生活の糧は、わずかばかりの退職金と、貯金でした。その貯金のほとんどは、株式で増やしたものです。

 大学卒業し、就職した当初から、ウォーレン・バフェットの本を読んで、株式に興味をもっていたのですが、実際にはなかなか投資を開始する勇気はありませんでした。そんなある日、リーマンショックが起き、株価が大暴落しました。わたしは、これはチャンスだと思い、今まで勉強し、目星をつけていた会社の株式を購入しました。それからは、塩漬け、まったく株価も見ず、退職するまで放置していたところ、投資していた金額の2倍以上になっており、ささやかな退職金になりました。そのお金は、無職の期間で、完全に使い切ってしまいましたが、無職を楽しむことができました。

 ただ、もう株式投資は、怖いのでしたくはないです。勝ち逃げが、やはり良いかなと、思っています。

 

 

 そんなこんなで、三月になり、無職生活は終わったのですが、とても有意義な一年でした。人生には、こんな時間があっても良いのかなとも思います。自己肯定になってしまいますが、次のアイデンティティーを獲得するためのギャップターム、過渡期があってもいいんじゃないかな、と思います。貯金は、完全になくなりましたが。

 考えてみると、こうした期間が、定年後の「老後」なのかも知れません。早めに、老後を経験してしまったのかと思う、今日このごろです。

 

 

 

無職の期間、繰り返し読んだ本です

スポーツと、語学は、無職の心を救ってくれます。時間も、使うので、オススメです。

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