オニテンの読書会

文化・民俗や、オススメ本の紹介、思ったことも書きます。

人を好きになると死にたくなる人がいる

 恋しとは たが名づけけむ ことならむ 死ぬとぞただに 言ふべかりける

                         清原深養父(生没年不詳)

 

 この歌は、清少納言の祖父である清原深養父が、残した歌です。意味を申しますと、「恋しいって誰が作った言葉なのかな、死ぬっていう方が私のこの気持ちを言い表しているのに、」という内容になります。

 《目次》

 わたしが、この和歌に出会ったのは、中学生のときでした。思春期真っ只中、恋にも勉強にも、部活にも一生懸命の、悩み深き少年でした。この和歌が、新聞のコラムに載っているのを読み、わたしは「昔にも、ぼくと同じように考えた人がいるのかぁ」と嬉しいような、悲しいような気持ちになったのを今も覚えています。

 すでに、中学校を卒業して15年が経ち、結婚をしましたが、今でも「恋」という言葉を聞きますと、あの頃のつらい思い出が蘇ってきて、すこし胸が痛みます。

 わたしにとって、恋は、自分の欠如した部分を見つめる作業のようでした。

 

友人の言葉に驚いた 「片思いが楽しい!?」

 高校は男子校だったのですが、卒業して大学に入学しますと、9割が女性という文学部に所属することになりました。男子校時代では、「恋」という話はあまりせず、主に「性衝動」についての話になるので、片思いだの、デートだのの話は、全くしなかったのです。

 しかし、そこは文学部です。乱れ飛ぶガールズトーク、聞いたことのない単語が連発する未知の世界でした。そこで、わたしは女友達の言葉に驚嘆するのでした。その言葉とは、「恋愛は、片思いのときが、一番楽しい」というものでした。

 片思いって楽しいの?辛くないの?との疑問が、わたしの頭を駆け巡りました。彼女の意見では、片思いから、相手のことを知って、仲良くなっていく、プロセスが楽しいのだそうです。彼女にとっては、片思いによって、知る、親密になる、付き合うという、とても楽観的なプラス思考であること、そして、彼女自身の自己評価が、ことごとく加点方式であることに驚きました。

 

減点方式のわたし アンドロギュノスの片割

 それに対して、わたしは、その相手を好きになってしまうと、基本的に「落ち込み」ます。まず、自分と好きな女の子との親密さを測るようになってしまいます。今日どれだけ話せたか、メール(今ではラインですね)をどれくらい続くのか、とかを気にかけてしまいます。また、男性のタイプを聞いたりして、自分がどれだけ好かれる対象なのかを考えてしまうのです。

 こうした、わたしのような、マインドの人たちは、恋愛において、自分自身の指標が、減点方式で出来上がっています。だから、辛い、ただただ、辛いのです。

 わたしにとって、恋や片思いは、自分の欠如した部分や、短所を見つめる作業です。「こんな自分では好きなってもらえない」などと考えてしまいます。好きになってもらうために、なおさら自分の短所と向き合い、それを補おうとしてもがく、気づけば自分を嫌悪するようになってしまうのです。

 それは、相手に恋をしているという状況から、なぜか、自分を相対的に「足りない」人間としてしまうわたしに出会う作業です。そして、自分の欠けた部分を「好きな女性」で埋めようとしてしまうのです。 

 この感情の中に、上述した清原深養父の和歌があるのだとおもいます。

 すべからく、わたしは、アンドロギュノスの片割だと、思った今日この頃でした。

 

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