オニテンの読書会

文化・民俗や、オススメ本の紹介、思ったことも書きます。

「日常の祝祭化」の果てに

 「日常の祝祭化」、「祝祭化する日常」という言葉があります。それは、わかりやすくいいますと、日常生活がデパートなどの遊興施設をともなう都市化により、日常がお祭りのように賑やかなものになる、また、消費行動も活発になるというものです。

 1980年代から90年代にかけて、高級デパートや高級ホテルが増加し、人々が街の都市化の中で、日常を「お祭り」状態で楽しく過ごす、そうした現象を表したものです。

 しかし、わたしは、この言葉が、すでに「死語」になりつつあるように思うのです。

 昨年からの人々の動きを見ますと、デパートの元旦営業の廃止、大手ファミリーレストランの24時間営業の撤退、恵方巻きの大量売れ残り、など、日常の祝祭化がおわったように思えるものが多く見られました。それは、街並みの都市化から逃れるように、自分の家、家族と共に過ごそうという人々の潮流なのかもしれません。

 アマゾンなどの通販サイトによる配達量の増加という問題も、人々が、買い物を街に出て、ウィンドーショッピングを楽しむという娯楽から、安く楽に買うという消費行動に移っていることを表しているように思えてなりません。すでに、買い物は、買うことに付随した、ショップ巡りや、街を歩くという行為から乖離し、「買う」そのものの行為のみが残ったようです。

 最近、一般に普及しているように見えるハロウィーンも、一見、祝祭として人々に受け入れられつつあるように思いますが、地方や郊外では、東京の渋谷のような熱狂もなく、子どもたちの稚児行列の一種として、粛々と行われている印象はあります。

 ハロウィーンの出現も、元来おこなわれていた地域のお祭りや稚児行列などの減少を補うように存在しており、祝祭が増加したというようには思えないのです。

 たしかに、InstagramなどのSNSの中で、人々は、「特別な日常」を生きているように演出し、人生を謳歌していることを他者に示します。SNSは、「日常の祝祭化」を促進するようなツールであるように思えますが、実際は、「祝祭の日常化」を促したものであったと考えられるのです。

 Instagramを実際に覗いてみればわかると思いますが、多くのフォロワーを持つ方々、そして多くのイイねをもらっている投稿は、かえすがえす、《日常》を描いたものです。赤ちゃんを抱いた写真、髪を切ったことを報告する写真、それぞれの投稿から見られるのは、日常をいかに生きるか、という問題が標榜されているように思えるのです。

 それは、「日常を日常として生きる自分」を認めて欲しい、という自己演出とも違う、自己肯定があるようにも思います。祝祭という現実の自分から離れようとする行為から、演じられた《日常》における現実の自分を発信することもInstagramの重要な役割であると思います。

 Instagramにおいて、人々は、若干「パリピ」になります。そのパリピ感も、日常の中に存在することになります。つまりは、日常においては《日常》をいかに楽しんでいるか、そして、実際の祝祭においては、「自分なり」の祝祭を見せる必要があるようです。たとえば、人気のパンケーキを食べ、写真をとるために、3時間並んだとしても、投稿文やその写真には、すべからく《日常》として描かれるのです。

 それは、特別な1日ではなく、「いつもの」1日の一コマとして存在しています。

 いかに、祝祭を自分の解釈において表現するかが、InstagramなどのSNS空間で大切なものとなりますし、ハロウィーンも自分なりの解釈により着るコスチュームが選ばれます。そこには、「自分」という他者からの視線を意識した存在が、自分の居場所を探しまわり、祝祭は自己表現というミクロなレベルに押し込まれます。

 個々人が、アメーバのように断裂と融合を繰り返し、社会の枠組みを融解させているように思えます。

 日常生活を日常として認識し、ハレとケの二項が明確であった時代の村落社会のように日本が戻ることはないのかもしれませんが、イベントに対して食傷気味になっている人が増えてきたことも事実でしょう。

 SNSによって、日常が演じられた《日常》として、価値を見出しているように、これからは、日常化が重要になっていると考えております。

 日常の祝祭化から、演じられた《日常》へと移行している。

 日々、変わらぬ日常を生きながら、こんなことを考えました。

 

【おすすめ映画のご紹介】

「変わらぬ」日常を生きる、 男性の話です。私が知っている限り、フランスの哲学者、文学者の2名がその著書で紹介してます。わたしも観て、とても感動しました。

恋はデジャ・ブ [SPE BEST] [Blu-ray]

恋はデジャ・ブ [SPE BEST] [Blu-ray]

 

 

 民俗学の名著です。

神なき時代の民俗学

神なき時代の民俗学