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オニテンの読書会

思ったことを綴っていこうと思います。

玉川を一周してみたい。 曽祖父の最期の言葉、ふるさと一周旅行のススメ

 わたしは、仕事柄ときどき海外に滞在することがあります。そんなわたしですが、正直言って、海外に行ったら「自分の視野が広がる」とあまり思っていないです。むしろ、わたしとしては「自分てどこいっても変わらないんだなぁ」、「こういう風に日本を観光しているだろうか?」、「ふるさとについて知らないことが多いなぁ」と思うことの方が多いのです。

 わたしは、海外に行く度に、ふっと頭に浮かぶ言葉があります。それは、

 「一度でいいから、玉川を一周してみたい」

 という曽祖父の言葉です。

 

 わたしの曽祖父は、埼玉県比企郡玉川村に生まれ、そして玉川村で死にました。彼は、人生のほぼ全てを玉川村で過ごしたのです。そして、彼の最期の言葉が、「一度でいいから、玉川を一周してみたい」という言葉だったそうです。

 わたしは、この言葉と出会った時、小学校5年生の夏休み、友人たちと計画して、自分の街を自転車で一周しようとした「冒険」を思い出すのです。友人達三人で、地図を持って、マウンテンバイクにまたがり、街境を縫うように進んで行く。

 わたしにとって、最高の冒険でした。照りつける太陽のなか、汗をかきながら、ペダルを漕いだあの日の記憶は、20年近く経った今でも、瑞々しい思い出として胸に残っています。

 海外に行くようになり、地元の人々の交流を深め、ときには全く知らない土地に赴くような冒険的なこともしたことはありますが、あの夏休みのようなワクワク感を覚えた経験は、ここ10年くらいないのではないかと思います。

 ただ、なぜわたしが、曽祖父の言葉や、この夏休みの思い出を、変わることなく純粋な気持ちで受け止められるのか、と自省してみますと、わたし自身が「地元を捨てた」、「ふるさとを置いてきた」人間であるからだと思うのです。

 そして、ふるさとへの郷愁だけでなく、小さな世界を大切にすることの尊さに気付いたからに違いないと思います。曽祖父にとっては、埼玉の小さな村が彼の世界の全てであり、そこで生まれ、子を育て、死んでいく。そんな樹々が根をはるような人生を、わたしは歩むことができなかったという後悔もあるかもしれません。

 現代社会では、海外旅行を気軽に楽しむことができるようになりました。お盆休みや正月旅行には、海外旅行を選ぶ方が多いと思います。わたしも、時折海外に行くことがあります。海外旅行が、国内旅行よりも安い、そんな時もあります。

 海外旅行で自分探しも良いかもしれません。しかし、自分の世界は、以外と身近にあるのでは、と思うのです。自分のふるさとの良い部分も、悪い部分も自分の人生に影響を与えていると思います。

 わたしを知り、自分の人生を知るに、ふるさと一周の旅は、多くを教えてくれます。

 

 わたしには、ちょっとした目標があります。それは、いつか、生まれ育ったふるさとを、兄の子ども達や、わたしの子ども達とともに、一周することです。

 出来たらいいなぁ。

https://www.instagram.com/p/BQK38HEg1h6/

 写真は、ふるさとに住む、飼い猫のまるです。

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