オニテンの読書会

文化・民俗や、オススメ本の紹介、思ったことも書きます。

郊外、田舎、行き場のなさ、居場所のなさ。 リンチ殺人とノーベル賞

 2016年、見覚えのある風景がニュースの舞台になりました。対象的な事件で。

 

 埼玉県東松山市、この埼玉県西部に位置する小さな市が、2015、2016年に大きく取り上げられることになりました。それは、東松山リンチ殺人事件と、ノーベル賞の受賞という田舎の町には、とてもショッキングなニュースでした。

 2015年のノーベル賞で、東松山市出身の梶田隆章先生(56歳)がノーベル物理学賞を受賞されました。その1年後、2016年8月22日、埼玉県東松山市の都幾川河川敷で、同県吉見町の井上翼くん(16)が殺害されました。犯人は、不良少年グループで、井上くんを集団で暴行した後、河原に放置したのです。

 昨年、梶田先生の出身中学校で、ノーベル賞受賞の記念碑が建てられました。その数キロ先には、井上くんの亡くなった河原があるのです。

 このどちらのニュースも、私の地元を揺るがしました。同じ学区内で起きた大きなニュースをみて、わたしが思ったことがあります。それは、わたしの地元の「行き場のなさ・居場所のなさ」でした。

 

 

 小さな頃から、この田舎には「行き場のない・居場所のなさ」ということを感じながら過ごしてきました。田舎や郊外に住む多くの方が、感じた経験があるのではないでしょうか。

 

 たとえば、不良になった少年たちが、集まる繁華街がない、お店や遊ぶところもない。グループを外されてしまえば、学校にも、街にも、行き場がないのです。そして、作り上げた小さな社会に生きることを余儀なくされます。

 イザコザの際「○○くん知ってる?」と相手に聞くのも、そうした小さな社会では、ある種の有名人が機能することをあらわしています。映画「クローズ」では、隣の高校と高校が喧嘩しています。わたしは思わず、「えぇ、隣の高校をしめるのが目標って、さすがに狭いくないか?」と思ってしまいました。

 

 ただ、ここでわたしが言いたいのは、成績が良い子にも居場所などない、ということなのです。

 わたしの地元では、進学校に通うには、かなり遠くの高校に行かなくてはなりません。そして、その多くが、男子校や女子校です。わたしも、中学校一年生くらいで、先生から「おまえは男子校に行くことになる」と予言されました。中学校を通いながら、これからは、女の子と話すこともないのだな、と感慨にふけったこともありました。

 そして、部活にも勤しんでいたわたしには、数校の高校から剣道で、スカウトがきました。どれも、自分の地域から遠く離れた高校でした。わたしはすべて断りましたが、わたしの仲間は、遠くの強豪校に行きました。

 わたしが実際に進学したのは、文武両道をモットーとする進学校でした。片道二時間近くをかけて通いました。とうぜん、地元の友達とも疎遠になってしまいました。

 気づけば、地元の友人とも剣道の大会でしか会わないようになってしまいました。

 大学進学や、就職を考えると、より遠くに行かなくてはなりません。そして、わたしは、他県に進学、他県で就職と、地元から離れるように離れるように人生が流れていくことを感じていました。

 「地元を捨てる」という選択しか、目の前にはありませんでした。それは、戻ることを前提としない生き方でした。現在では、少し後悔をしています。

 

 不良グループの少年たちが、「居場所や行き場がない」と感じているとしたら、成績が良い子やスポーツが強い子も感じているのは「居場所のなさ」、「地元を捨てる」という選択なのではないのだろうか、と考えてしまうのです。

 現在でも、Facebook上で、地元の高校に進学、地元の大学に進み、地元の町役場に就職した友人の楽しそうなBBQしている姿をみると、地元に居場所と行き場所を見つけ出した人の強さを、感じてしまいます。